主人公は”何に近づいていくのか?”

小説や脚本などの物語は、主役が何かに近づいていく過程を描いています。
そして、基本的には、主役は準主役に近づいていき、主役と準主役が最も接近する箇所(最接近)がクライマックスになります。
主役と準主役の最接近の仕方は、様々です。
主役と準主役が深く理解し合ったり、告白して愛し合う様になったり、互いの生死を決する様な激突をしたり…..世の中の古今東西の作品を基に、主役と準主役が最も接近している箇所はどこだろう?どんな描き方をしているだろうと分析してみるのも、良い勉強になります。

(花野組福岡・小説脚本講座「作家塾」事務局)

作家塾での講義「主役以外」のプロットも書いてみる。

主人公以外のプロットも書いてみよう!

本日は、作家塾での講義を内容をご紹介します。

<主役以外の登場人物のプロットを書く効果>
基本的にプロットは主人公視点で書きます。
そうして、主人公視点でのプロットが、ある程度書き進んだら、次は「準主役」など別の登場人物の視点で書かれたプロットも書いてみると、物語に新たな視点が得られて、物語の完成度を高めるアイデアを思いつく助けになります。

必要であれば、3番手までの登場人物のプロットを書くのも効果があります。

また、誰が主人公なのかを確認する効果もあり、準主役の方が、実は主人公に相応しかったと気づく事もあります。(物語中、最も大きな葛藤を抱えているキャラが主役に相応しいです)

この様に、主人公以外の登場人物のプロットを書く事は、手間がかかりそうで、結果的に早く物語を完成させる効果があります。

(花野組福岡・小説脚本講座「作家塾」事務局)

主人公の「超目標」は?

主人公が望んでいる事は?

本日、小説脚本講座「作家塾オンライン講座」の授業がありました。
今回の授業で、講師から参加者の皆様に、物語の主人公の「超目標」は何ですか?という質問をしました。

「超目標」とは、スタニスラフスキー・システムという演劇理論で使われる用語です。
【「超目標」とは、登場人物が人生や作品全体を通じて追い求める「究極の目的」を指し、役の行動の一貫性を保ち、感情や演技の方向性を決定づける根幹となる指針】

要するに、物語の登場人物が(その物語の中で)最も目指している事は何?と言う事です。

物語を書く際にも、自分が書いている物語の主人公の「超目標」は何だろう?と考えてみる事は、作品を良くするヒントになります。主人公の超目標は、物語のクライマックス、オチ、テーマに大いに関係してくる事です。

作家塾では、様々な理論も活用して、初心者の方でも物語が書ける様に講義を行っています。

(花野組福岡・小説脚本講座「作家塾」運営事務局)

誰を主人公にするべきか?

主人公は誰なのか!?それは物語の面白さに深く関係します!

本日の作家塾オンライン講座の講義内容を一部、ご紹介します。
本日は、「主人公」について講義しました。

主人公は、物語の中で最も葛藤している人物が望ましいです。
物語とは、主人公視点で展開し、主人公の心の動き・葛藤を楽しむ物なので、主人公が、あれこれ悩んでいた方が面白いです。(全く心の動きが無い主人公では、物語は平坦な印象を受けるでしょう)

物語を書いてみて、面白くならない場合は、その物語の中で、誰が最も葛藤しているか?を見直してみて、最も葛藤している人物を主人公に書き直してみるのも、ひとつの手です。

特にプロットの段階ならば、色々と試せるので、主人公を変えてみて様々なパターンのプロットを書くのも有効な方法です。

誰を主人公にするのか、それは物語の面白さに深く関わる問題なのです。

……と、言う様な講義をしています。

「作家塾」にご興味がある方は、お気軽にお問い合わせ下さい。
特に、作家塾オンライン講座は、今現在、空いているので、おすすめです!

(花野組福岡・小説脚本講座「作家塾」)

プロットの完成は、作品のテーマが見えた時

プロットが完成したかどうかを見極めるのは、読む力がつくまではなかなか難しいです。

このブログで、時々、物語の書き方について解説させて頂いてますが、本日は、少し難易度が高い解説をさせて頂きます。

「作家塾」では、プロット(800字程度の物語のあらすじ)を完成させてから、本編の執筆に取り掛かる事を重視しています。

では、プロットの完成を何処で判断しているのかと言うと、一言で言えば「作品のテーマ」が見えた時です。

作品のテーマは、プロットのオチの部分に関わってくる事で、作者が描いたオチ、言い換えると、その作品における「作者の結論(オチ)」=作品のテーマです。

プロットが書き進むと、「主役・準主役・3番手」、「物語の構成」「クライマックス」などが固まってきます。そして、最終的に残るのが「オチ」です。

「オチ」がはっきりするまで、大抵、二転三転するのですが、プロットのリライトが進めば、オチもやがて明確に見えてきます。

そういうプロットを読むと、その作品で作者が言いたい事・思っている事が明確に伝わってきます。正にそれが「作品のテーマ」であり、そうなれば、そのプロットは完成です。
そして、小説や脚本の本編の執筆に移行する事になります。

プロットを書く利点のひとつは、800字という短い文書で、テーマを効率よく探れる事にあります。
優れた作家を目指すなら、テーマがはっきりするまで粘って作品に取り組む態度が重要です。テーマとは作家の魂の問題であり、作家にとっての一生の財産であり、書く原動力になるからです。

そして、テーマとは、人生を生きている人間のみが持ちうる物であり、それが人間の作家とAI創作を大きく分けるのです。

(花野組福岡「作家塾」運営事務局)

映画で考える「主役・準主役・3番手」 ①

良くある刑事ドラマ風ですが、かなり変わった名作。映画のタイトルの意味は「辰年」です。

・映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」で考える主役・準主役・3番手の役割

物語の書き方を学ぶ上で、映画を観るのも有効です。

優れた映画ならば、人物の書き分けが明確で、始まりからオチまで丁寧に描かれています。

それに映画は、物語の分量としては小説よりも短いです。
映画の物語のボリュームは、短編小説くらいでしょうか。

また、一本の映画を見終わる時間は、90分〜130分がほとんどです。
そういう点も、物語を学ぶのに映画鑑賞は効率が良いかと思います。

このブログでも、映画を教材に「主役・準主役・3番手」について考えてみます。

さて、本日の教材は、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」です。
1985年のアメリカ映画で、監督はマイケル・チミノ、脚本にオリバー・ストーンが関わっています。

映画「プラトーン」で有名な監督オリバー・ストーンは、脚本家としてキャリアをスタートしていて、分かりやすくて娯楽性がありつつ、独特なテーマを持った脚本を書いてます。

映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」でも、登場人物の描き方が丁寧かつユニークです。

では、主人公・準主役・3番手〜について考えていきましょう。

・主人公「スタンリー・ホワイト」(俳優 ミッキー・ローク)

・準主役「ジョーイ・タイ」(俳優 ジョン・ローン)

・3番手「トレイシー・ズー」(俳優 アリアーヌ・コイズミ)

上記が映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」における主役・準主役・3番手です。

物語の内容は、刑事スタンリー・ホワイトが執念の捜査で、チャイニーズマフィアの若き首領ジョーイ・タイを少しづつ追い詰めていき、クライマックスで、両者が遂に直接対決するという感じで、それと共に刑事スタンリー・ホワイトとチャイニーズマフィアを取材する記者トレイシー・ズーの恋愛(不倫)の発展も描かれていきます。

物語の展開自体は一見、平凡なのですが、登場人物に独自性があって魅力的です。

主人公の刑事スタンリー・ホワイトは、ベトナム戦争帰りという設定で精神を病んでいるかの様な暴力性を抱えていて、既婚者なのに平然と不倫をするし、感情移入しにくいキャラなのですが、それがマフィアの首領ジョーイ・タイの残忍でありながら高潔さがあるキャラとの対比で両者が際立ち、どちらも悪人なのに魅力的に見えてしまいます。

着目すべきは、映画の冒頭で、主人公と準主役と3番手が出会い、そこから物語がスタートする事です。そして、映画の最後の最後まで、この3人は出てきて、彼らの結末がどうなったのかまでを丁寧に描き切っています。

刑事スタンリー・ホワイトと首領ジョーイ・タイの両者には、それぞれが所属するグループ内で異端者として孤立しているという共通点があり、殺し合いをする相手でありながら、唯一、分かり合える様な関係にまで発展し、彼らの結末には感動すら覚えてしまいます。

また、主人公スタンリー・ホワイトの不倫相手で、この映画での3番手トレイシー・ズーが、どういう役割を果たしているかと言うと、主人公が所属するエリート階級だけど、嘘ぽくって、本当の愛情が無い世界から解放してくれる相手としてトレイシー・ズーが存在してます。

この様に考えると、3番手トレイシー・ズーも、主人公の成長(変化)を描く上で重要キャラと言えるでしょう。

これ以上、あれこれ書くとネタバレになるので止めますが、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」は、とても面白い映画です。ご興味ある方は、ぜひご覧ください。

そして、ご鑑賞後、主人公・準主役・3番手の関係の変化の過程、4番手以降は誰か?、作品のテーマは何か?など、あれこれ考えてみると、物語の良い勉強になるかと思います。

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物語での”感動”とは主人公が正しい道を歩む瞬間。

感動作とは、心の修行の物語なのです。

良く映画や漫画・小説の宣伝文句で”感動の物語!”という言い方をしますが、
そもそも、物語における「感動」とは何でしょうか?

先に答えを言うと、物語のおける感動とは「主人公が正しい道を歩む瞬間」になります。

感動作と言われる作品を分析すると、概ねクライマックス部分で、主人公が「正しい道」を歩んでいるからです。

例えば、悪人だった主人公が、様々な経験を経て、最終的に正しい生き方を始める……という構成は、感動作に良くあるパターンではないでしょうか。

もしくは、悲しい出来事に直面して主人公が、クライマックスで悲しみを乗り越え、より精神が強い人間に成長すると言うパターンも良くあります。この場合は悲しみを乗り越える時が正しい道を歩む瞬間になります。

また、スポーツ物などで、弱かった主人公が、努力の末に強くなる……この場合は、ただ強くなるだけでなく、精神的にも強くなる事もセットでついてくる事が望まれます。いくら強くなったとしても、精神が未熟なままでは、別の面白みは発生しますが、感動はしにくいでしょう。

色々な感動作パターンがありますが、言い換えると「感動=主人公の心の研鑽」とも言えます。
以下、その例を挙げてみました。

①「改心」最初、悪い心を持っていた主人公が、最後、良い心になる。
②「意識改革」普通の心を持っていて平凡な生き方をしていた主人公が、最後、それまでとは違う、より意識の高い生き方を選択する。
③「聖人化」そもそも良い心を持っている主人公が、最後、伝説級に崇高な精神を獲得する。

大体、①、もしくは②が感動作に多いパターンでは無いでしょうか?また、③も稀にありますが、これを描くとなると作り手にも相応の精神が求められます。

また、あまりに主人公が崇高すぎると、観客や読者がついていけなくなる場合があります。
主人公は、一般人に近い精神レベルの人物が望ましいでしょう。(誰もが持つ悩みがあるとか)

そういう人物の心が磨かれ、意識の高い生き方へと発展する様子に観客や読者は感情移入し、クライマックスで主人公と同じく心が磨かれた様な気分になって感動します。

また、見方を変えると、主人公が最初と最後でポジティブな変化をしているとも言えるでしょう。

皆さんも、「感動作」と言われる作品を分析されてみて下さい。
分析は、様々な気づきを与えてくれます。

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映画のファーストカットとラストカットの決め方。

Cinematographer Arthur Edeson, Humphrey Bogart and Ingrid Bergman, “Casablanca” 1942 Warner

今回は、映画の話をさせて頂きます。

それも、ファーストカットとラストカットに特化した、ややマニアックは話題です。

映画の始まりの一番最初の映像が「ファーストカット」
映画の終わりの一番最後の映像が「ラストカット」

この両者をどんな映像にするのか、実は、かなり難しいです。

ファーストカットは、その映画の世界にお客さんを誘う(いざなう)ものです。
それ故、ファーストカットの画がどうでも良い筈がなく、誠実な映画の作り手なら、どんな画にするべきか、あれこれ検討します。

派手なら良いとか言う単純な問題ではなく、その映画を象徴する物でなければ、お客さんの心に深く届きません。

それは、映画監督の作家性とも関係します。

映画の巨匠たちが作る映画のファーストカットは、作家毎に千差万別で独自性があります。
ベルイマンの「叫びとささやき」、キューブリックの「2001年宇宙の旅」、黒澤明の「影武者」….例を挙げたらキリがありませんが、どれも素晴らしいファーストカットです。

また、逆にラストカットですが、これは、新体操の着地に相当する物で、綺麗な着地が求められます。
映画を観ていただいたお客様に素晴らしい余韻を持って映画館を後にして頂く為にも重要です。
ラストカットは「終わり良ければ全て良し」であると同時に、「終わり駄目なら全てが無駄」に成りかねないのです。

映画の巨匠による映画のラストカットも、千差万別であり、素晴らしい物ばかりです。
ミロス・フォアマンの「アマデウス」、キャロル・リードの「第三の男」、変わり種では、ジョン・カーペンターの「ゼイリブ」のラストカットも皮肉っぽくて良いですね。

映画のファーストカットとラストカットが重要で深刻な物である事を少しでもお分かり頂けたでしょうか。

そして、この映画のファーストカットとラストカットは、大抵の場合、制作工程の、最後の最後に同時に決まります。

映画のファーストカットとラストカットが決まった瞬間は、映画が作り手の手を離れる瞬間でもあります。

その瞬間は、達成感・安心感と共に、長い旅の終わりの寂しさも伴う物です。

これは、映画の作り手のみが味わう感覚と言えるでしょう。

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AIには「テーマ」が持てない。生きてないから。

最近、小説・脚本界隈でもAIの登場は大きなインパクトがあって、悲喜交々、様々な意見が飛び交っています。

ところが、それら意見の中で、あまり言われていない事として「テーマ」の問題があります。

小説・映画などの物語には、必ず「テーマ」があります。

ここで言う「テーマ」とは「お題」の事で無く、「作家が作品で述べたい事=テーマ」と言う意味です。

その上で、はっきり言える事は、AIには「テーマ」がありません。
何故なら、AIは、生きた存在では無いからです。

「テーマ」は、作家の人生から発生するものです。

その作家が、どの様な生き方をしてきたか?と、言う事が「作家が作品で述べたい事=テーマ」に強い影響を与えます。

作家の人生ごとに、その作家のテーマがあり、それが作家の個性に繋がるのです。

それ故、人生を歩んでいないAIには「テーマ」が無いと断言できます。

また、AIには「作家としての拘り」も無いでしょう。

今後、科学が発達し、鉄腕アトムの様に人間同様に長い時間をかけて育てられて「心」が芽生えたら話が別ですが、現在の人類の科学力では、遠い未来の話になりそうです。

尚、AIの技術を否定するつもりは全く無いです。
いずれ「物語の書く道具としてのAI」の正しい使い道が分かってきて、小説や脚本の世界でも、AIが作家の重要な道具になる日が来るかと思います。

ただ、その道具を巧みに使う為にも、AIに頼らず物語を書き、自分のテーマを理解しておく事が大切では無いでしょうか。

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読者・観客を夢中にさせる物語を作るコツ

小説・映画などの物語の始まりからクライマックス、オチまで読者・観客を夢中にさせるにもコツがあります。

<全ての登場人物にオチをつける>

主役、準主役はもちろん、脇役に至るまで、それぞれの登場人物には、その人物の登場シーンから、その人物の物語内におけるオチまで描きましょう。

そうする事で、人物描写のリアリティーが増し、物語としてボリュームが出てきます。
つまり、お客さんが物語を楽しめるポイントが増えるという事です。

その分、やたらと登場人物を出し過ぎると、書くのが大変になるので、物語に出てくる登場人物は、必要最低限にしましょう。

<物語とは、小さな起承転結の連続体であり、物語内には階段がある>

物語内には、細分化された起承転結が存在します。

オープニングの起承転結、物語前半の起承転結、物語中盤の起承転結、物語終盤の起承転結、クライマックスの起承転結、オチの起承転結と……言う感じで、連載の物語が繋がっていく様に、一つの物語は、小さな起承転結の物語の連続体なのです。

この構造は、長編小説や2時間の映画のみならず、短編の物語も、小さな起承転結の連続体で成り立っています。

この小さな起承転結の連続が、読者・観客を夢中にさせます。

ここで、重要なのが、物語中の短い起承転結が一つ完了する度に、主役と準主役の心が、近づいていくと言う点です。

物語とは、主役と準主役の心の距離の変化を楽しむ物です。

小さな起承転結の一つ一つが、主役と準主役の心が近付いていく階段の一段一段と言えます。
(一段上がる度に、心の距離がより近づく)

その階段の最高到達点がクライマックスであり、主役と準主役の心が最も接近する箇所です。

クライマックスに向け、階段を一段づつ上がる様に、小さな起承転結を一つづつ、完成させていきましょう。

以上が、読者・観客を夢中にさせる物語を作るコツでした。

優れたハリウッド映画や、日本の人気漫画などは、上記の技術が存分に活用されています。

とは言え、理論が分かっても、実現するのは難しいです。

(花野組福岡「作家塾」運営事務局)